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「おっきろー、おっきろー、朝だぞ、おっきろー」
オキローくんの声が聞こえてきた。
「はいはい、わかったよ、起きりゃいいんだろ」
重いまぶたを、なんとかほんの少しだけ開けて、枕元のオキローくんに手を伸ばす。うっすら開けた目に入ってくる光から、起きなきゃいけない時間だというのは、わかっていた。頭の上のボタンを指先で軽く叩く。耳にうるさい声が止まった。目覚まし時計のオキローくんは、寝起きの悪いオレのために亜紀が誕生日にプレゼントしてくれた。
中学二年の時に貰ったから、もう、三年は起こしてもらっている。
「はいはい。起きるってば」
とか言ってボタンを止めたオレは、またまた、うとうとし始めている。大丈夫、あと二回オキローくんがオレに起きろと言ってくれる。三回目で起きれば余裕で学校に間に合う。オレんちから宍戸町立高校へは歩いて五分。まだ、ちょっとは眠ったって……。
と、再び眠りに落ちようとすると、いきなり身体に揺すぶりが。
「ご主人さまぁ、起きてくださぁい」
「祐也くん、起きて、起きて」
「え? あ? う?」
目を開ければ、エリスと亜紀の顔。
「なっ、なんで!?」。
ガバッと起き上がるオレ。
眠気の残るうすぼんやりしたオレの頭でも、ようやくおかれている状況が飲み込めてきた。このだだっ広い十八畳の畳の部屋は、オレの部屋は部屋でも、宍戸城でのオレの部屋なのだ。オレは宍戸城で、亜紀とエリスと、それとメグちゃんの三人と暮らすことになったのだ。そう、エリスの部屋も、亜紀の部屋も、メグちゃんの部屋もある。
なんでこんなことになったかって?
オレに聞かれても困る。ぶっ倒れて二日眠り続けた末に目覚めたら、もう、すっかりそういうことになっていたのだから。
「食堂でメグちゃんが待ってるの。行きましょう」
「行くですぅ。ご主人さまぁ」
「あなたはいいの。祐也くんは、私と行くの」
そう言って亜紀がオレの腕に手をまわす。
「いえいえ〜、ご主人さまは、エリスのご主人さまですからぁ」
もう一方の腕にエリスがしがみつく。
亜紀とエリスが睨み合う。バチバチッと目から火花が飛び散った。
「行きましょう、祐也くん」
「行くですぅ、ご主人さまぁ」
二人の目がオレに向く。私と行くんでしょ、エリスと行くですぅ、と、バチバチッと今度はオレに向けて火花を散らしてくる。
「あ、いや、その〜」
パジャマ姿のまま、亜紀とエリスに、ずるずる引きずられて廊下へ出るオレ。
「ちょっ、ちょっと待て! 今って夏休みで学校休みだろ。なんでこんな早く起きなきゃいけないんだよ」
「もー、祐也くんったら。まだ寝ぼけてる。私たち、夏休みの間、ずっとここで観光ボランティアをやってるのを忘れたの?」
「あ!?」
「思い出したみたいですぅ」
そうだった。すっかり忘れていた。
「さぁ、急いで、祐也くん」
「急ぐですぅ〜」
「引きずられて、急ぐも何もあるかよ!」
ドナドナドーナー♪ってフレーズが頭の中で何度もリピートされてるオレ。物悲しい響きの歌詞のように洗面所に引かれていき、そのまま二人と顔を洗って、歯を磨いて、お城の食堂で朝食となる。
「お兄ちゃん、おはよう」
「おはよ、メグちゃん」
すでに、亜紀やエリスとは朝の挨拶はすませているのか、メグちゃんはオレにだけ声をかける。でもって、大きなテーブルには四人分の食事が並べられている。四人といったら、二対二で向かい合うのが普通なのに、なぜか一対三で並べられているのは、オレの右に亜紀、左にエリスが座るからだ。
「さ、座って、祐也くん」
「座るですぅ、ご主人さまぁ」
メグちゃんはオレの真向かいに座る。
「じゃ、お兄ちゃん。いつものをお願いします」
「あ、うん。じゃ、いただきまーす」
「いただきます」「いただきますですぅ」「いただきます」
三つの声が続いた。
テーブルの上の料理はというと、メグちゃんお手製のベーコンエッグ。それとクロワッサンと野菜ジュースが並んでいる。ベーコンはメグちゃんの手による自家製だ。豚肉を手間ひまかけて、燻製にかけて作っているところを、オレはこの目で見ている。卵は宍戸町自慢の地鶏卵で、これは絶妙にうまい。半熟で、とろりと流れ出る黄身は、まろやかな舌触りでクリーミィ。クロワッサンは商店会のパン屋からの頂き物だが、天然酵母が使われている。野菜ジュースはというと、メグちゃんが十六種類の野菜とフルーツを組み合わせて、ジューサーで作ったもの。
朝食の支度のために、メグちゃんはみんなよりも一時間早く起きている。
亜紀は手伝おうとしたが、寝起きの悪いオレを起こしてほしいと言われたという。
「テレビつけて、メグちゃん」
「はーい」
箸を止めて、リモコンを取りに行くメグちゃん。
(ごめんよ、メグちゃん。亜紀に頼めばエリスが、エリスに頼めば亜紀がやると言い出すからさ)
心の中でメグちゃんに詫びる
メグちゃんがリモコンのボタンを押すと、
「というわけで、ここ宍戸町は、戦国時代から残る宍戸城を中心に、江戸情緒あふれた町並みを楽しめる、究極の癒しのスポットです」
テレビに、見覚えのある顔が映しだされた。
「蛍さんが映ってます」
メグちゃんがリモコンを手にしたまま画面に向かって言う。
「一昨日でしたよね、ロケって」
「もう、オンエアされちゃうんだ」
亜紀は驚いていた。
一昨日、テレビ局のクルーが宍戸城の取材に来て、蛍さんが相手をしていた。
宍戸町がテレビに取り上げられるなんて、町の歴史が始まって以来のことだったから、それはもう、町をあげての大騒ぎとなった。
「箱の中にエリスもいるですぅ。どうしてですぅ」
素っ頓狂な声を上げて驚くエリス。
宍戸町観光大使アイドル魔女エリスとテロップが出ている。
「エリスちゃん。宍戸町の魅力ってなにかしら」
蛍さんがエリスに話しかけると、
「はい〜。エリスのような、こわぁ〜い魔女を、暖かく迎えてくれる優しさですぅ」
当のエリスは、画面に映る自分の姿を、食い入るように見つめ、
「エリス、ここにいるのに、箱の中で喋ってるです。どうしてです?」
ひたすら首をかしげている。
テレビは蛍さんのアップとなり、
「宍戸城は、陰陽師の封印かせら解き放たれて現代に甦った魔女のエリスちゃんが、町のため、私たち町民のために魔法で復活させてくれたのです。ご覧ください、現代に甦った戦国時代のお城・宍戸城の絢爛豪華な姿を」
宍戸城の天守閣が映し出される。
オレの千日分の命と引き換えで城が甦ったとは、蛍さんは言わない。
(エリスのイメージが悪くなるから、言わせるわけないか)
なにしろ、宍戸町はエリスをアイドル魔女として売り出そうとしているのだ。オヤジたちは、これぞ平成のアイドル伝説だと盛り上がっている。
「すごいです。あの箱。昔見た、痺れる箱・エレキテルや、写真を撮る箱よりすごいですぅ。あれは魔法の箱ですかぁ? エリスも欲しいですぅ」
エリスは目をきらきら輝かせながら、箸を止めてテレビに夢中だ。
(138年も眠ってたらテレビなんて知らないもんな)
画面の中では、蛍さんとエリスが宍戸城のあちこちをレポートしている。
「ああっ、箱の中のエリス、蛍さんとお城の中を歩いてるですぅ」
「あっ、メグちゃんよ。ほら、あそこ」
「亜紀おネエちゃんも、映ってます」
「ほんとだ」
オレたちもまた、テレビに釘付けになっていた。
「というわけで、戦国ロマンに満ちた宍戸城に、ぜひ、皆さん、お越しください」
「エリスがお待ちしてますですぅ〜」
蛍さんとエリスがテレビの中で手を振っていた。
この時、この瞬間、この初めてのテレビ出演こそ、エリスをアイドル魔女としてその名、その姿を日本全国に強く知らしめ、さらには宍戸町、宍戸城の全国デビューでもあったのだが、オレたちは気づいていなかった。
食事を終えようとする頃、蛍さんが食堂に現れた。
「皆さん、おはようございます」
「観ましたよ、テレビ」と、亜紀。
「すごいです。エリス、びっくりですぅ」
少し恥ずかしそうにしながら蛍さんは、
「あれで観光しに来てくれるお客さんが、少しでも増えてくれるといいんだけど……」
夕月蛍さん。
宍戸町役場の観光課係長待遇という役職で、観光大使のエリスのマネージャー役というか、オレたち全員の監督係だ。蛍さんは城には住まず、毎朝自宅から原チャリでアパートから通ってきている。まぁ、オレだって、ここには住みたいとは思わないから、ごく当たり前の行為だと思う。
「食べながらでいいから聞いてね。一昨日説明したとおり、今日から宍戸城を正式に一般開放します。皆さんは今から40分後。10時になったら所定の位置についてください」
全員が、その言葉にうなずいた。
というわけで、5分前には配置についているオレ。
ボランティアと言っていたが、つまりは夏休みの間のバイトだ。
亜紀が宍戸城のチケット売り場の受付。エリスと蛍さんが観光ガイド。メグちゃんが食堂の調理係。オレは、売店で宍戸町オリジナルグッズの販売をしている。オレたちだけじゃ人手が足りなくて、町役場や商店会から、ヘルプで何人か出ていたり、アルバイト募集もかけているところだ。
親父たちは時代から取り残された、ただ古ぼけた町や商店街を、町が古き良き日本の景色を再現したテーマパークであるかのように、昭和レトロだ、ノスタルジックだと言い出して、インチキなお土産をでっちあげている。それを蛍さんが東京のテレビや雑誌に、何度もアピールした末に、ようやく今朝のテレビ出演が実現したというわけだ。
「10時になりました。ただいまから、宍戸城を開城します」
蛍さんのアナウンスが鳴り響いた。
宍戸城の正門が開かれた。が、その向こうに人影は全くない。
10分たち、30分たち、1時間が過ぎた。
誰も来ない。
来場者は朝からゼロのままだ。
(ははっ。まぁ、こんなもんだよな)
世の中には、小田原城だの、松本城だの、もっともっと有名なお城があるわけで、わざわざ名もない町の、無名の城を見に来るなんて人がいるとは思えない。
「どーすんだろな、山のように作ったグッズ」
売り場に並んでいるのは、宍戸城クッキー、饅頭、飴、せんべい、カステラ。それにエリスの生写真や、『命あることは嬉しきことかな』と野菜の絵の描かれた、今のオレを皮肉ってるような絵皿。それにエリスのサイン入り等身大ポスター。さらに、今、親父たちはエリスの写真を使ったペナントや、絵葉書セット、SDキャラでの携帯ストラップ、さらにはエリスにレコーディングをさせた宍戸町ソングのCD やら、町のガイドブックと称した写真集やDVDの準備までしている。
(いい大人たちが、バカじゃねーのか、ほんと)
誰も来ることのないお土産売り場で、オレはボーッと座っていた。
ところがお昼を過ぎて状況は一変した。
「観たよ、テレビ。ねっ、エリスちゃん。写真は? 写真とっていい?」
「エリスちゃんだ、可愛い〜」
「エリスちゃんに萌え〜、ですばい」
来る、来る、来る、次から次へとお客が来る。
テレビだ。朝のテレビに出たエリスを見たさに、次々にお客が訪れているのだ。
殺到するエリス目当てのお客たちに、蛍さんが言う。
「写真撮影ご希望の方、撮影料は10000円となります。ただし、本日、売店で宍戸町グッズを7000円分買った方は撮影無料! 」
「だ、そうですぅ〜。どっちにするですかぁ〜?」
「ください、ください。何でもいです、7000円分くださーい」
「ボクにも、7000円分」
「オレ、オレも」
売れる、売れる。エリスの撮影目当てで次から次だ。そりゃ、まぁ、誰が考えたところで、10000円で写真だけより、お土産が残って、しかも3000円安い方がいいわけで。
(はいはいはい。別になんでもいいんすね、あんたたちは)
在庫の多いものを適当にみつくろってバシバシ売っていく。
テレビの力のすごさ、そして、テレビに出たエリスの人気のすごさを改めてオレは感じさせられることになった。
「ご主人さまぁ。エリス、頑張りますからぁ」
「おっ、おう」
エリスの笑顔に返事をした瞬間、ニコニコ顔だったお客たちの表情が一変した。敵意と殺意に満ちた、刺すような目になった。
(なっ、なんなんだ、こいつら)
喧騒の果てに、売り場のグッズはほぼ完売していた。。
「グッズをお買い上げの皆さん。レシートを確認させてもらいます、よろしいですか。それから撮影に際しての注意事項ですが……」
蛍さんが現場のすべてを仕切っている。
(さすがだ。さすが社会人。大人だね〜)
まだ、オレは気づいてなかった。
テレビはお客だけではなく、とんでもない災難も運んでくることを……。
「売れたら売れたで、またまた、こき使われちゃうってか」
グチグチ言いながら、段ボール箱をいっぱい積んだリヤカーを、肩に力を入れて、えっちらおっちらオレは引いていた。エリスのアイドル人気は売店の商品をあっという間に売り切れにした。売るものがなくなったので、オレは駅前商店街まで下りて、宍戸城せんべい、宍戸城饅頭、宍戸城カステラ、宍戸町クッキーなどなどの補充を命じられて、終わらせたとこで、緩い坂道をだらだら上がって、宍戸城へと帰る途中なのだ。
(行きはよいよい帰りは怖い……か)
上り坂を重いリヤカーを引っ張るなんて、文系のオレにはこたえる。
(ん?)
古ぼけた自転車を押しながら歩いている女の人が、前に見えた。
荷台に大きな木の箱がくくり付けられている。後姿に見覚えはない。町の人ではないのは確かだ。ってことは観光客?
(大丈夫か、あの人?)
よろよろとした足取りで、見るからに危なっかしい。
瞬間、女の人は自転車ごと、パッタリと倒れた。
(なんだ、どうした!?)
慌ててリヤカーを止め、駆け寄って抱き起こすと、色白で、穏やかさを絵に描いたような美人だった。
「大丈夫ですか」
「うっ、うーん。お腹が、お腹が……」
「痛いんですか!?」
「……すっ、空きましたぁ。」
「はあっ!?」
「ギブ・ミー・食べ物〜。お腹が空いて動けません〜」
(マジかぁっ!?)
「くんくんくんくんくん、感じる。感じます。これは、これは食べ物の匂い。近い、近い、近い。……どこ、……どこ、……どこですか〜」
ぐっぐぅ〜と、抱き上げた彼女のお腹が鳴った。
「そこかーっ!?」
ガバッと起き上がると、さっきまでのおっとり声からは想像もつかない、まさに天をも引き裂く声をたて、どこかのアクションクラブもびっくりな女豹のごとき俊敏な身のこなしで、宙に舞った。
「ええっ!?」
くるくるっと空中で回転したかと思うや、何の伏線もなく巫女さんの姿となり、
「急々如律令! 食らえ、我が呪符の嵐」
叫ぶや、リヤカーの荷物へ向かって放つ紙の束を!
お札だ。
神社にあるようなお札がまるでブーメランのように次々に段ボールを引き裂いていく。たちまち飛び散る宍戸城せんべい、宍戸城饅頭、宍戸城カステラなどなどなど!
「わー、食べ物、食べ物が降ってきます。これぞ天からの恵み。やったー、やったーっ、やったぁーわっ! はーい、勝利のポーズ。おにぎり山〜」
頭の上で、両手を合わせて三角おにぎりのポーズを取る。で、なんなの、勝利のポーズって? 何に勝ったんすか? おにぎり山って。なんすか。なんなんすか、この人? 意味わかんねぇ。全然わかんねーっ。
ただただ呆然と立ち尽くすオレ。
「いっただっきまーす」
「ちょっ、ちょっと」
声を出す間もなく、汗水たらして、町から運んできたお土産品のお菓子が次々と、彼女に食べられていく。あっという間にリヤカーに山と積んだクッキー、まんじゅうなどが消えた。一個や二個ならともかく、箱だ。二十個入りの段ボール箱が箱ごと空とは。
(なんつー食欲!?)
オヤジがいたら「うーむ、オバケのQ太郎もかくやという食欲じゃな」と感心したかもしれない。それぐらい、激しい勢いで食べているのだ。
……そして。
「ごちそうさまでした。ああ、美味しいおまんじゅうでした。今度はお茶がこわい〜ってとこですかね。お茶、……お茶がこわい〜って……」
ちらっ、ちらっとオレの顔を見る。
「お茶がこわ〜い、お茶、こわいです、お茶、……お・ち・ゃ」
(お茶を出せってか、オレに)
ずうずうしさに、たまりかねて、
「食べた分は、お金払ってくださいよ」
冷たく言うと、たちまち小さくなって、
「ひっ、ひぃぃ〜。す、すみません。すみません、すみませーん。私、空腹が度を超すと自分がわからなくなってしまいまして。弁償します、弁償させてもらいます。今はお金はありませんが、弁償させてください。私、藤宮ちとせといいます。今は日本全国を自転車でまわる流しの紙芝居屋。紙芝居で日本中のいたいけな子供たちから小金をむしりとったあかつきには必ず、あ、いえいえ、そうじゃなくって地道にこつこつ紙芝居で稼いで、売り上げの中から必ず、必ずお返ししますから」
「……紙芝居?」
「ご存知ありませんの?」
聞いたことのない言葉に、コクリとオレはうなずく。
「これは失礼こきましたーっ。しばしお待ちあれ〜、これなるは、マイ紙芝居の道具です。」
言いながら自転車を起こすや、たちまち荷台にたたまれていた木箱をガチャガチャと組み立てていく。
「これです、これ。これが紙芝居にございます」
テレビ画面に見立てた箱は、額縁みたいに絵が飾られている。
「六枚くらいの絵を、一枚ずつ見せながらお話を語っていくのです。ちょっとやってみますね。さぁー、いらはい、いらはい。ぼっちゃん、じょうちゃんタダ見はダメよ〜、飴買っておくれ〜ってなかんじで、で、で、で、こちらが私の自信作『屋根裏の小間使い』です。萌えブームもかくやという大金持ちの家に生まれし、上品にして可憐な美少女が、お金持ちだけが集まる私立学園に入学するのですが、お父さんは事業に失敗、行方不明になってしまい、学費が払えなくなってしまうのです。哀れ少女は屋根裏部屋に押し込まれ、掃除や洗濯などの小間使いとして働くことになるという、ハンカチが五枚は涙に濡れるマイ大傑作。大人気のあまり、メジャー雑誌にマンガ家デビュー。連載開始と同時に全国の乙女たちから大絶賛。テレビアニメ化にゲーム化……、劇場版アニメになったら声優さんのキャスティングどうしましょう、どうしましょう、どーっしましょう〜。私も意地悪な園長先生役で出ちゃったりなんかして、『おみゃーに食わせるメシは、にゃーずら』なんてなんてセリフ言ったりしちゃいまして……」
ぽわぁ〜んと、スローペースで続く自己紹介は、小学生の時に書かせられた『ぼくのわたしの夢』って作文の世界そのものだ。ただでさえ寿命が千日縮んでるのに、わけのわかんない長話はかんべんして〜。
「払ってください、今」
「いっ、今、……ですか」
「当然です」
キッパリ言うと、
「うえーん、すみません、すみません、すみません。お金ないんです〜。かんにんしてつかぁさ〜い。お代官さま、許してくだせぇ。おねげぇでございますぅ」
いきなり土下座が始まった。
「って、オレに言われても……」
とりあえず、事務所に来ている親父たちに判断してもらうべく、一緒にお城まで来てもらうことにした。ちとせさんは、しょんぼりとうつむきながらも、小脇に宍戸町せんべいの缶を抱え、パリパリ音を立てて食べながら自転車を押している。
まだ食うのかよと思いつつも、
(どうせ、弁償してもらうわけだし、まぁ、いいか)
やがて、オレたちは、宍戸町公園へと到着した。
真正面には、宍戸城の城門が見える。
「あのーっ、このお城、なんという名前でしたっけ、パリパリ」
尚もせんべいを食べ続けながら、ちとせさんが聞いてくる。
「宍戸城ですよ」
「……宍戸城。パリパリ、はて、聞き覚えのある響き、はて、さて。はて、さて。……どこか見覚えのある天守閣。だいぶ前に、パリパリ、来たことが、パリパリ、あるよな、ないよな、はてさて、はてさて、割り切れない。割り切れないのは十割る三で余り一〜、パリパリ」
(あれだけ食べて、まだ食べるってか)
あ然として見つめていると、
「あ、一枚食べますか?」
にこっと笑って、ちとせさんがせんべいを差し出した。
「いえ、いいです」
「では、私がいただきます〜。パリパリ」
(居直ってる、この人?)
パリパリと食べ続けるちとせさんと城門をくぐる。
すると!?
「あららららぁ〜、ここでは時代劇ショーとかもやってるんですね。あのだんだら羽織は新撰組。ああ、懐かしいですわね、幕末の京の都を思い出しますわ」
「は?」
(また、わけのわかんないことを)
と、思いきや。
驚いた。なんと、新撰組の羽織を着た少女が、エリスと大立ち回りを演じているではないか。次々に打ち込まれ少女の竹刀を、エリスは時には避け、時にはサタンの杖で受けてははじき返す。
「やめてください。お願いします、ここは公共の場で、エリスちゃんは宍戸町観光大使として町が認めているのですから」
蛍さんが人混みの先頭に立って必死で叫んでいる。傍らには亜紀やメグちゃんもいて、事の成り行きを見守っている。
「やるな、小悪魔。さすがは幕末の京を荒らしまわった魔女だけある」
竹刀の美少女剣士は聞く耳なしというかんじで、エリスを睨んでいる。
「我が祖・土方歳三が手を焼いたのもわかるというもの。平成の世でいったい何を企む、魔女エリス。何がアイドル、何がアイドル魔女だ。世間はだませても、私はそうはいかんぞ」
(なっ、なっ、なんなんだ、これは!?)
状況がわからなず、呆然と立ち尽くしていると、
「あーん。ご主人さまぁ、助けてくださぁい」
エリスが飛んできた。
「逃げるか、魔女!」
「あの女がいじめるですぅ〜。エリス、ただ、ご主人さまにお仕えしてるだけなのにぃ」。
とか言ってオレの背中に隠れるエリス。
「エ、エリス。お前」
すると。
近づいてくるだんだら羽織の新撰組系美少女。
「そなたか、永井祐也どのは」
「……誰?」
「これは失礼つかまつった。我が名は土方史奈。かつて、幕末の京を西洋の魔物たちから守護した新撰組副長・土方歳三の末裔。テレビで見た。私が来たからには大丈夫。そなたにとつりついた悪しき、忌まわしき魔女を、ただちに成敗してくれよう」
竹刀を手にした史奈は、ゆっくり近づいて、
「どいていただこう、祐也どの」
「おいっ、エリス、いいから……」
どけよと言ったつもりだったのに
「うるるるる〜。ご主人さまが守ってくださるのですか。エリス、嬉しいですぅ〜」
「言ってないっつの!? はなれろ、エリス。違うだろ」
しがみつく力が強くて身動きがとれない。
「あくまでかばい立てするか。仕方ない。しばらくは意識不明の重態となって入院することにはなるが、魔女に取り殺されることに比べれば、蚊に刺されたようなもの」
「待って、ちょっと待って。違うんだって」
「雷神よ、風神よ。我に力を……」
土方史奈の構える竹刀が、金色に光を帯びていく。
「食らえ、正義の一撃!」
史奈が全身の力をこめて、光り輝く竹刀を振り下ろした。
次の瞬間!
いきなり、目の前に紫色の巨大な光の球が迫ってくる。直撃コースだ。
「なっ、なんなんだよ、これって?」
「いやーっ、祐也くん、危ない!?」
「よけてっ、お兄ちゃーん!」
亜紀とメグちゃんが悲鳴を上げる。
逃げようにもエリスがしがみついているし、それに、もう、目の前に!
(かっ、神様〜!?)
さよーなら、オレの17歳の夏休み。
と、突然、エリスが、オレの前に立ちはだかるや、
「いーくですよーっ」
迫る光の球を、エリスはサタンの杖で打ち返した。
「甘い!」
史奈が、竹刀で打ち返す。
「まだまだですぅ」
さらにサタンの杖で打ち返すエリス。
「たぁーっ!」
「でぇーいっ、でっすぅ」
互いのパワーが打ち返されるほどに、エリスと史奈の怪しげな霊力が込められていくのか、光り輝く球は不気味に膨張を重ねていく。
「どうだ、魔女めっ!」
「まだまだ、でっすぅーっ」
「くっ、ならば」
まるで、風船に水を入れて膨らませているというか、今にも破裂しそうな気配を漂わせた光の巨球を打ち返している。
「どうだ。これが、とどめだ、魔女エリス!」
「いや〜ん、恐いですぅ〜」
と、史奈の打ち返した球をエリスがよけた。
「えっ!?」
オレの身長以上の直径の巨大な光球が、城の天守閣を直撃した。
どっどぉぉぉぉぉん。
轟音とともに、天守閣が木っ端微塵に吹き飛んだ。
みんなの目の前で、宍戸城の天守閣が木っ端微塵に吹き飛んだ。
「うわわわわぁ〜、城が、わしの城がぁぁぁっっ」
「まっ、町の再生の要がぁ〜っ」
オレのオヤジのさとっち、亜紀のオヤジのひろっちが悲鳴を上げた。
悲鳴をあげたいのは、むしろオレの方だ。千日の命と引き換えに甦らせた宍戸城が、たった数日で、わけもわからぬままにぶっ壊されてしまったんだ。冗談ではない。
「ご主人さまぁ。エリス、悪くないですぅ。悪いのは、エリスを狙ったあの女ですぅ」
……マジっすか、これって?
誰もが呆然としていた。
それもそのはず、町の再生の要の宍戸城の天守閣が、吹っ飛んでしまったのだから。
「やっと、テレビで取り上げられたところだったのに……」
力ないため息を蛍さんがついた。
「ご無事でよかったですぅ、ご主人さま」
「なによ、なによ。元々あなたを狙ったものでしょ。なんでいきなりよけるのよ」
亜紀が、オレの前に現れ、エリスを寄せ付けまいとする。
「あーん、そんな言い方はないですぅ」
「それより、あなた、どうするつもりなの。宍戸城を壊して」
「大丈夫ですぅ、ご心配にはおよびません」
ニヤリとエリスが笑う。その目には悪魔ならではの邪悪な光が宿っている。
「なにしろ、ご主人さまはどんな願いも、あと十二回叶えることができるのですからぁ」
「まさか、あなた、また祐也くんに願いを言わせるつもりなの……?」
「はいですぅ。ちょちょいのちょいですぅ」
「ちょちょいって、あなたとキスなんて、じょ、冗談じゃないわよ。あー、そうじゃなくって、祐也くんの寿命がまた千日縮むなんて、そんなの認めてたまるものですか」
「おお、そうか、そうか。また魔法で建て直せばいいんじゃ」
「いやー、一時はどうなるかと思いましたが一件落着ですな」
うんうんと、うなずいて納得している、さとっち&ひろっち。
「やはり、宍戸城は町のシンボルですから……」
蛍さんも同意する。
「祐也。キスせい、エリスちゃんと。それで、すべては解決じゃ!」
「ご主人さまぁ、するですぅ、エリスとキッス」
「だめよ、祐也くん。絶対にダメ」
迫るエリスの前に、立ちはだかる亜紀。
「祐也くんは、私が守るんだから」
「くっ、忌々しい小悪魔めが」
騒ぎを見守っていた史奈が、ようやく口を開いた。
「打ち合いしながら、少しずつ城が背にくるように動いていたのを私が気づいてないと思ったか。最初から私を利用して、城を木っ端微塵にするつもりだったのであろう。主が大事に思う城が壊れれば、魔法で城を元通りにすることを命じざるをえないからな」
「いやぁ〜ん、どうしてわかっちゃったんですかぁ〜」
「お前の手口なら、すべて、我が祖が書き残してある。わからいでか」
ってか、しっかりその手口に乗せられて城を壊したのは、あんただろーが。
「はてさて、エリスとおっしゃるお方、ずっと昔にどこかで見たような気がしますが……」
「あーーっ!?」
突然エリスが叫んだ。
「エリスを封じた女陰陽師!? まだ生きていたですかぁ〜」
「祐也くん、誰、この人?」
「ってか、オレもよくわかんないんだけど」
「あらあらあら。はい。思い出しましたぁ。そーだよ、そーだよ、ソースせんべいだよってかんじで。あなた、私が封じた魔女エリスさんでしたよねぇ。なにしろ、昔のことだから、もーっ、すっかり忘れてましたぁ。そうですかぁ〜、甦っちゃってたんですね、パリパリ」
「ここであったが、138年目ですぅ。よくも、よくもエリスを……」
その言葉にだんだら羽織の史奈が反応した。
「でっ、では、もしや、あなた様は、死なずの女陰陽師・藤宮ちとせ様!?」
「懐かしい響き。そう呼ばれていた時代もございましたわね〜」
ちとせさんがうなずいた。
「ちとせ様。力をあわせて悪しき魔女を封じましょう」
史奈が、ちとせさんの傍らへ。
「あらあら、皆さんで時代劇ショーをやられていたというわけでしたか。それは、お疲れさまです。ささ、差し入れです。おせんべ、いかがです? おいしいですよ」
ちとせさんは、缶から一枚のせんべいを取り出し、エリスに差し出した。
「だまされないですぅ。今度はそうやって油断させて、エリスのことを封じるつもりなんですぅ」
エリスは差し出されたせんべいをサタンの杖で、ぱちーんと弾いた。
せんべいがとパリーン割れて、パラパラッと地面に落ちる。
「おせんべいが……。あなた、食べ物を、食べ物を粗末にしましたわね」
たちまち、ちとせさんの声が変わった。
「許しません、許しません、許しませーーーんっ!!」
たちまち巫女服に早変わりするや、目を吊り上げ、怒りに満ちたちとせさんが払い串を構えて、エリスをにらみつける。
「お仕置きです。お仕置きしてさしあげます。もう一度漬物石の中で反省なさい」
「ふんっ、エリス、もう封じられませんもんっ!」
サタンの杖を手に、エリスが仕掛ける。
「ねっ、祐也くん。何がどうなってるの?」
「オレが聞きたいよ」
亜紀とオレは騒乱の渦中で、なすすべもない。
「ちとせ様、史奈が助太刀いたす! さ、早う、封印の呪文を」
史奈が叫ぶや、
「邪魔ですぅ」
エリスがサタンの杖で史奈を攻撃する。
「ちとせ様、今のうちに呪文を!」
防戦する史奈。
傍らで呪文を唱えるちとせさん。
「我、天帝に願い奉る。魔女エリスなるは、むにゃにゃ、ごにょごにょ、ごにょのごにょごにょ。……あれ、あれ、あれ?」
「どうされましたか」
「それが、その……、昔のことだから、呪文、すっかり忘れちゃいました〜。いやー、参っちゃいますね。歳はとりたくないっつーか、てへっ。こりゃ、また、失礼いたしましたってかんじ、みたいなーっ」
「あら、あら、あららぁ〜、さたでぃばちょ〜ん」
「てっこんきんくりーとぉ〜!」
親父たちがオーバーリアクションで、ここぞとばかりに思いっきりずっこけていた。
って、なんなんだよ、こいつら!?
……そして。
「さぁさぁ、ぼっちゃん、じょうちゃん、あーんど、おとっつぁん、おかっつぁん、いらはい、いらはい。おなたのお名前なんてぇ〜の。昼メロも韓流ドラマもびっくりな紙芝居は、こちら、こちらですよ〜。タダ見はダメよ、飴買って」
ちとせさんが、観光客たちを相手に、紙芝居の呼び込みをしている。
少しはずれたところでは、だんだら羽織を着た史奈が、手に手に竹刀を持った観光客相手に剣術の稽古をつけている。
「いーち、にいー。いーち、にいー」
素振りをしているのは、ほとんどがうら若き女性たちであり、皆、史奈と同じような新撰組の羽織をつけている。
「よろしいですか、皆さん。剣術の基本は素振りにある」
「はーい、史奈さまぁ〜」
黄色い声が、史奈へと殺到している。
そんな光景を、オレはお土産売り場で、てんてこまいになりながらも見つめていた。
やがて、城が閉門すると亜紀がオレを手伝いに来た。
二人っきりで売店の商品を補充していると、亜紀がポツリと言った。
「ねぇ、祐也くん」
「ん?」
「私たち、これから、どうなっちゃうのかしら……」
「どうなっちゃうって言ってもなぁ……」
不安げな亜紀を安心させる言葉はオレにはなかった。
顔を上げれば、宍戸城の天守閣が見える。傷一つない、新品同様の天守閣。そう。オレの命をさらに1000日吸い取って、つい数日前に復活した城だ。
だけど、天守に飾られた鯱は、なぜか、金色のエビフライになっていた。
「なんで、エビフライなのかしら」
亜紀がつぶやく。
オレにも、さっぱりわからなかった。
〔オレの寿命 −2000日〕
《つづく》
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